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写真とカメラとアート

写真について

写真というものについて

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昭和20〜35年頃の写真

先日、父が生まれた古い家のことが話題になった。

今の家は5年ほど前にリフォームしたもので、前の家は、父が高校生くらいのときに新築したものだった。

さらに前は、典型的な田舎の農家の家で、平屋の間取りは田の字。土間とカマドがあった。
庭は、農具を置く納屋があったりして、どちらかと言うと農作業のためのスペースだったらしい。

ただ、父も記憶が曖昧で、ほとんど思い出せないのだった。

昔は身近でなかった写真

ふと母が「写真はないの?」と。

「当時のど田舎の農家にそんなもんないやろ」とは父の言葉。

なるほど。

いや、さすがに写真がまったくなかったわけではない。
集合写真や家族写真、記念写真が、少ないながら残っている。

でも、なんでもない日常の様子が撮られるようになったのは、我が家では昭和35年ごろからになる。そのころに家族、または近しい人がカメラを購入したのだろう。
それでも、被写体は人物が多く、庭や風景はあまり残されていない。
昭和20年代までは、写真店で撮ったらしい写真が、何枚かある程度。

一方、母は神戸育ちで、幼稚園にあがる前(昭和30年ごろ)には、すでに身近にカメラがあったらしい。

ちなみに父は、小学高学年くらいまで、電車の乗り方も知らなかったし、集合住宅(マンション)さえ見たことがなかった。
集合住宅に暮らす友人に「おまえの家、お城みたいやな!」と真剣に言ったというのだから笑える。

都会と田舎の文化の差は凄まじいのだった。

会話を交わすように写真を見せ合い、記憶の中の風景を共有する。

この、超当たり前のことが、たった60年ほど前にはそうでなかったことを不思議に思う。
現在は、溺れるほど写真に囲まれていて、それがなかった時代を想像するのは難しい。

写真の価値

写真が一枚あれば、父のボケた記憶が一瞬で明瞭になるのだ。
写真に残された風景を手がかりに、埋もれた記憶が引っ張り出されることもあるかもしれない。

これって、改めてすごいことだと思う。

「絵になる」とか「美しい」とか「プリントが素晴らしい」とかいろいろ。
写真に対する評価は数知れないけども、だれにも評価されない、ナニモノでもない、ただの写真一枚が、豊かな記憶や想いを鮮明に掘り起こす。

そのとき、その写真の価値は、どんなに高額な「写真作品」より貴重なものになるに違いない。

ただし、誰にとっても貴重というわけではない。
その写真に紐づく関係性の中でだけ、それが成り立つ。

絵画でも、当時の様子を探ることができる。
だけど、それはあくまで画家というフィルターを通した風景だということを忘れてはいけない。

写真は、ただただ純粋に、記録する。
フィルムは、有無を言わせずレンズの前に存在するものを焼き付ける。

それは、自然現象であり、化学反応だ。

フィルムでも、記録されたものを修正することができる。
でもそれは、手軽なことではないし、おそらくなんらかの痕跡が残ってしまうだろう。よほどの技術でないかぎり。

そういった意味で、現在のデジタル写真は、やや心もとない。

デジタル写真は、それ自身がデータであることから、改変は簡単だ。
要らないものを消すなどという芸当は、いまやスマホでさえ簡単にできてしまう。
それどころか、顔の造形までも自動的に改変して記録してしまう。恐ろしい。

デジタル写真を否定したいわけではない。
むしろ、デジタルでなければ捉えられないシーンもたくさんある。
その特性を活かして、どんどん撮ることを楽しみたいとも思う。

それでも、フィルム写真の愚直な純粋さを敬愛せずにはいられない。
いつか、フィルム写真がこの世界から消えてしまうことがあるかもしれない。
だからそれまでに、一枚でも多く「わたしの前にある風景」を残していきたい。

昔の家の話題から、そんなことをつらつらと考えた。

写真の存在感

ところで、幼少期からカメラが身近であった母の手元に、写真はほとんど残されていない。

母が十代始めのころに母親が亡くなり、しばらくして父親が再婚。
ふたりめの母親となったその人は、残されていた写真をほぼ全て処分してしまった。

だから、母の実母の写真は、わずか数枚しか残っていない。

そのことについて、母が文句や苦情を漏らしたことはないけど、ずいぶんと苦しい思いをしただろうと思う。
いま、私自身がその暴挙について激しい憤りと悲しさを覚える。

写真は、かけがえのないものだ。とくに、大切な人を亡くした者にとって、何ものにも代えがたい無二の宝物と言っていい。

それほどの存在感があるからこそ、後妻となった祖母は処分せずにはいられなかったのかもしれない。

今なら、こっそりクラウド上に避難させることも出来たかもしれないと思うと、デジタルもまんざらではないかも、と思うのでした。

 

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